必ずご自身で「確認」のうえ「自己責任」にてご利用ください。 当然ですが、損害を蒙ったとしても、なんら保証されるものでは有りません。

幸運が残る

最近普通なら考えられない様な不運が続く平九郎ですが、実は自分は昔から、『人の運の総量は皆同じ』だと思っています。
従って不幸が続けは、『悪運』を使い果たし、残り運は『幸運』の占める比重が高くなると思っている訳です。
その為最近の異常なほどの不運の連続は幸運の前触れの気がしてならず、なにやら楽しくさえなってきているのです。(^O^)/
よく世の中には自分の人生を不幸だとして、呪うような言葉を吐く人が居ますが、これは間違いです。
確かに最近の母親の子殺しなどのように、親の愛情を受けずに育つのは究極の不幸ですが、それ以外の自分の才能不足や、ツキの無さを呪うべきではありません。
なぜなら、通常の人間の幸福など日本に五体満足で生まれ、健康で有りさえすれば、98%は達成されていると思えるからで、五体満足で健康な人間が人生の不幸を嘆くのは明らかに間違っています。


では残り五体満足でも残る不幸2%は何かと言えば、それは自分では動かし切れない、その時の国家・政治体制や、個人的能力、美醜などだと思っていますが、戦後の日本に生まれた以上、今の政治や国家の在り方に不満は持っていても、現状の幸福度では世界でも最上級だと思っていますから、残りの不運さは美醜、能力等1%でしかありません。
また人間子供のころは、金持ちの家の子を羨んだりすることはあっても、長く生きていれば、親が金持ちであるのは、必ずしも幸福には直結しないことが分かります。
戦後の日本人はメディアに出てくる欧米人などを中心に自分より幸福そうな人だけを見て育っていますが、自分より不幸な暮らしをしている人は世界中に溢れています。
勿論、五体が不満足でも健康な人より幸福な例もあるのは承知していますが、ハンデを克服するには相当の努力が要りますし、極少数であることは間違いないでしょう。
それらに比べれば、最近の自分の不幸など取るに足りない事ですし、第一幸福か不孝かは自分で決める事です。(笑)
「人間万事塞翁が馬」平九郎の不運は残りが少ないのです。(^O^)/

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